今回はエーザイのアルツハイマー病治療の道を切り開いた薬「アリセプト」について開発ストーリーを、図やイラストを用いて解説します。

革新的な薬がどのような経緯で研究開発されたのか興味ある!
わかりやすく教えて欲しい!

新薬開発の成功確率は「3万分の1」と言われています。
そんな奇跡とも言える成功の裏には、様々な分野のプロフェッショナルが力を合わせて、失敗を恐れず果敢に挑んだ「研究者たちのドラマ」があります!

3万分の1って無謀すぎる。。。

そうだよね!今回はそんな研究者たちの挑戦の物語を紐解きます!
新薬開発に関心のある一般の方も理解できるように、わかりやすく説明します!
アリセプトってどんな薬?
アリセプト(ドネペジル塩酸塩)は、1996年に米国で発売開始されたアルツハイマー病治療薬です。
アリセプトはピーク時に、年間売上高3228億円を叩き出し、
これにより、エーザイはグローバル企業の仲間入りを果たしました。(参考:エーザイ)

そもそも、アルツハイマー病って何?

アルツハイマー病は記憶,思考,行動に問題を起こす脳の病気だよ!
最終的には、神経細胞が次々と死滅してしまうんだ。

かつては「痴呆症」と呼ばれていて、偏見もひどかったんだ。

アリセプトって何がそんなに画期的だったの?

ゼロから治療の道を切り開いた薬だったことだね!
順を追って分かりやすく解説します!
まずは、アリセプトが開発される以前のアルツハイマー病の歴史から
アルツハイマー病の歴史(アリセプト以前)
まずは、アリセプトが開発される以前の時代背景を解説します。
アルツハイマー病の発見
アルツハイマー病の歴史は1906年に遡ります。
ドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマー博士は、
記憶障害、言語障害など普通の精神疾患とは異なる症状を起こして亡くなった50代の女性について報告しました。
患者の死後、脳を調べてみると、「脳自体の萎縮」と「たくさんの異常なタンパク質の塊」を発見しました。
後に、この異常なタンパク質は「アミロイドβ」、この塊は「老人斑」、発症した病気は「アルツハイマー病」と呼ばれるようになります。

今から100年以上も前に発見されたんだね!

実は、現在になっても、根本的な原因の解明は進まず、決定的な治療法も確立されていないんだ。。。
「コリン仮説」の提唱
1970年代になるとアルツハイマー病の原因として、コリン仮説が提唱されるようになります。
アルツハイマー病患者の脳内では、老人斑ともに、「アセチルコリン」の異常な低下が見られていました。
「このアセチルコリンの減少こそが病気の原因だ」という仮説が「コリン仮説(アセチルコリン仮説、コリン作動性仮説)」です。

そもそもアセチルコリンって何?

下図のような神経伝達物質の一つだよ!

脳内では、たくさんの神経細胞が互いにシナプスで結び付き合いながら情報を伝達しているんだけど、
その神経細胞同士には「隙間」があって、アセチルコリンなどの神経伝達物質がその隙間を行き来することによって、情報を伝えているんだ!
世界中の製薬会社による研究開発
コリン仮説が提唱されるようになって以来、「アセチルコリンを増加させることができれば病気が治るのでは?」という方針で薬の研究開発が進められました。
世界では、大きく分けて二つの方針で薬の研究開発が進められました。
一つ目が、「アセチルコリンの合成能を高める薬をつくる」で、
二つ目が、「アセチルコリンと似た物質を結合させて、情報伝達を促進する薬をつくる」です。
アリセプトの研究開発ストーリー
失敗から始まる
エーザイは、1970年代に、まず得意とするピペラジンという構造を持つ化合物で、薬の開発に挑みましたが、失敗に終わってしまいました。
この研究開発では、8年と8億円の歳月と費用をかけて行われましたが、成功に結びつけることができませんでした。

早速、失敗しちゃったんだね。。。

そうだね。。。
当時は、「ネズミを使った実験で、人の脳の薬を作れるわけがない」など言われており、その上、現在よりも患者数の少なかった当時は、薬の開発に関心を持つ人も少なかったんだ。。
斬新なアプローチ
そんな逆境の中、エーザイは斬新なアプローチで研究開発を進めます。
1982年に、エーザイの研究所が筑波研究学園都市へ移転すると、本格的に研究がスタートしました。
前述の二つの方針(「アセチルコリンの合成能を高める」または「アセチルコリンと似た物質を結合させて、情報伝達を促進する」)といった薬では有効性がないと早期に見切りをつけ、
いち早く、第三の方針を取ったのです。
エーザイは、「アセチルコリンエステラーゼ」という酵素をターゲットにしました。

アセチルコリンエステラーゼって何?

私たちの脳内にもある、アセチルコリンを分解する酵素だよ!

酵素の働きを抑えて、分解される量を減らすって方針だね!

その通り!
でも、アセチルコリンエステラーゼを標的とした薬は、当時、殺虫剤などにしか使われていなくて「人の薬になるわけない」という陰口もあったんだって。。。
別テーマの薬で偶然効果
エーザイは、アセチルコリンエステラーゼの阻害を標的にして以来、
「タクリン」と呼ばれる、すでに阻害作用があることが知られていた物質から探索を開始しました。
しかし、たくさんの探索の努力も実らず、強い副作用のためにことごとく失敗に終わりました。
そんな中、別のテーマで「コレステロール低下を目指していた薬」を試しに実験してみると、
動物試験で、アセチルコリンエステラーゼの阻害作用をたまたま発見したのです。

やっと見つかったんだね!
別の病気の薬が効いたって偶然すぎる!

失敗の連続でも、検証を続けた粘り強さがすごい!
でも、ここから更なる試練が待ち受けています。。
ラットで薬効を示さない
しかし、試験管レベルで効果があることが示された薬を、いざ動物実験に用いると、
薬効が低いという結果しか得られなくなるという現象が、何度も起こってしまいます。

何で効果を示さなかったの?

標的としていた酵素の種類を間違えていたんだ。。。
酵素は、同じ働きをするものでも、生物ごとに種類が違います。
具体的には、
試験管レベルでは、「電気うなぎ由来のアセチルコリンエステラーゼ」を使っていましたが、
動物実験では「ラット由来のアセチルコリンエステラーゼ」を使っていて、
薬効が変化してしまいました。
これ以降は、ラット由来のアセチルコリンエステラーゼを使って実験が進められます。

ちょっと遠回りをしちゃったね。。。

エーザイは努力でカバーしたよ!
今では考えられないけど、当時は9時や10時までの残業は当たり前で、「エーザイ不夜城」という伝説も残っているよ!
バイオアベイラビリティが低すぎる

そもそもバイオアベイラビリティって何?

「投与した薬のうち、どれだけ体に吸収されて血流に乗ったか」を表した割合だよ!

投与された薬が全部吸収されるとは限らないんだね!
試験管レベルでは、当時世界最高の薬効を示す化合物を創り出すことに成功しましたが、
動物実験で、最悪とも言える結果が出ました。
バイオアベイラビリティがわずか2%以下だったのです。
投与された薬はほとんど吸収されないという結果になり、テーマは中断してしまいました。

ここに来て中断は絶望的だ。。。

でも諦めずに、少人数での研究は続けられるよ!
アリセプトの承認
その後、膨大な数の薬を合成した結果、
1986年、ついに現在のアリセプトとなる化合物(ドネペジル塩酸塩)が合成されました。
この化合物は、今までの課題を全て克服したもので、
「60%以上の高いバイオアベイラビリティ」と「アセチルコリンエステラーゼに対する高い選択性と阻害作用」とを兼ね揃えたものでした。
そうして、1996年にアルツハイマー病治療薬としてアリセプトは承認されました。

約20年間にもわたる長い道のりだったね!

承認された当時は、別の会社が開発した「タクリン」という薬がすでにあったけど、副作用が強くて改善が望まれていたんだ!
そういった意味では、アリセプトは世界初のアルツハイマー病治療薬とも言えるね!
アルツハイマー病根本治療薬への挑戦は続く
アルツハイマー病は、神経細胞が急激に減ってしまうことによって起きますが、
アリセプトを含めた現在の治療薬は、「神経細胞の死を止める」という根本的な薬ではなく、
「残った神経細胞同士の繋がりを維持する」ための薬です。
そのため、根本的な治療薬の開発が現在もなお求められています。

何でまだ薬が開発されていないの?課題とかあるの?

最大の原因は、病気の根本的な原因が解明されていないことだね!
現在は、「アミロイド仮説」というアリセプトの時とは別の仮説が主流になっているよ!
エーザイは、アミロイドβ仮説に基づいた新薬の開発も積極的に行なっています。
「アデュカヌマブ」はすでに世界初のアルツハイマー病根本治療薬として申請されており、
現在のところ、承認に向けた運命の判定は2021年6月までに下されるとされています。
まとめ
まとめると、
・アルツハイマー病の根本的な原因はわかっていない
・アリセプトは「コリン仮説」に基づいて開発され、アルツハイマー病患者の希望となった
・アリセプトを含めた現在の治療薬は、根本的な治療薬ではなく、病気の進行を抑える薬となっている
・現在は「アミロイドβ仮説」が主流になり、エーザイをはじめとした世界中の製薬企業が研究開発にチャレンジしている

一つ一つの薬には、研究者たちの「絶え間ない努力」と「世界最先端の英知」が詰まっているんだね!

この記事によって、皆さんが薬の研究に興味を持って、調べたり勉強したりするきっかけになれば嬉しいです!

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参考文献
さらに詳しく知りたい方には、下記の文献がオススメです。
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